よいよい写真館とさでん>伊野電停

いの町は昔から土佐和紙製造の町として有名で、製品の運搬方法のひとつとして路線の開通が待たれていました。
1904年(明治37年)5月2日 堀詰-乗出間、及び梅ノ辻-桟橋間が開業しました。
1906年(明治39年)10月9日乗出から鏡川橋までが開通しました。
そして鏡川橋-咥内間は1907年(明治40年)9月に単線で開業しました。
伊野線は1908年(明治41年)2月20日に、それまで残っていた咥内坂の難所をトンネルを通すことにより全通しました。

いの町は2004年10月1日、伊野町、吾北村、本川村が合併し、その折、ひらがな表記「いの」になりました。

2018年5月15日、11月2日 撮影


土佐電鉄開通100周年を記念し2008年に改築された、いの終点の駅舎です。


終点の車止めの前には商店の車が何台も停められていて見えませんでした。
道路を奥方向に進むと、いの町の官公庁やスーパーなどのある中心商店街があります。
約50mでいの町役場があり、約400mで紙の博物館、約500mで大国様(椙本神社)があります。
約1km先には清流の仁淀川が流れています。5月には紙の鯉が川底で泳ぎます。


終点の停留所に向かって「いの」の赤いプレートをつけた電車601がやってきました。


駅舎の前に停車した電車601です。今年7月24日開館の図書館オーテピアのラッピングです。


近くの高台に向かって伸びる廃線のようなレールが残されていました。
これを撮したときには気がつきませんでしたが、パークアンドライドの看板が立っていました。
ということはこのレールの先には昔は電車の車庫があり、現在はその土地を転用したパークアンドライドの駐車場があるようです。


11月になり、この上を確かめたくて、再度いの町を訪れました。


レールと架線は上まで残っていて、その脇の空き地にパークアンドライドの駐車区画がありました。